雨天順延で今日になった「4年生の校外学習」です。
食農体験でもお世話になっている藤井先生を講師に迎え、逆面地区に残る言い伝えや今の地域の取り組みなどについて、9キロを4時間かけて歩いてきました。
学校の北門から1分。吉野(洋菓子店)さんの向かいにある神社には、県内最古(文政5年)の橋供養塔がありました。
橋供養塔の北側(足利銀行の隣)の大きな倉庫には天王原屋台(3.6m×1.8m×3.6m)が保管されています。
自由が丘団地を山田川から見ています。田原台地は標高150m程度ですが、この段丘からは今でも貝がたくさん出てくる(=昔は海だった)そうです。
自由が丘の丘陵が終わると西方寺が見えてきました。ここが田原小創立の地(明治6年)です。
「山田川」を橋の上からながめました。右岸はどっちかな?
山田川と別れ、前九年後三年の役のときには、八幡太郎(源義家)が通ったといわれる奥州裏街道を歩きました。
白山神社です。運動会で披露した「獅子舞体操」のもととなる「天下一関白流神獅子」がお盆に奉納されます。
逆面地区の多くの家庭では、庭先や玄関などにふくろうの陶器が飾られています。ふくろうが住む町としてNHKで放送されました。
逆面の地名の由来となった「逆井戸(さかさいど)」です。悪人が井戸を除くと顔が逆さに映り、1年後に死んでしまうという言い伝えがあります。みんな恐る恐るのぞいていました。
逆面のビオトープには、マルタニシ・タガメなどの絶滅危惧種をはじめ、おたまじゃくしやカエル、みずすましなどが気持ちよさそうに泳いでいました。
開発が進み多くの自然が破壊される中、逆面地区には豊かな自然が残っていますが、さらに、人の手が入る前の自然環境を保全することによって、絶滅危惧種の命が吹き返すことを目の当たりにした子どもたち。こうした環境保全の活動を知るだけでなく、大切なものを守ろうと行動できる人になってほしいと願っています。
多くの人に逆面地区の自然や生活を理解してもらうことは、保護活動の大切な活動です。
逆面城址を見学するため小高い山に入りました。石垣ではなく土塁でしたが、敵が攻めるには難急な斜面でした。(戦国時代末期に廃城となりました。)
弁財天沼は、常に地下水が湧き上がりぶくぶくと泡が出ていました。ダイダラボッチ(巨人)の足跡だとの伝説があります。じっと見つめていると、本当のような気がしてくるのは不思議です。
田原地区の母なる川「山田川」のサイクリングロードを下り、9キロに及ぶ行程を歩きとおしました。自分たちの地域なのに、知らないことがたくさんありました。ていねいに説明してくださった藤井先生、そして私たちの安全のため一緒に歩いてくださったお母さん方。ありがとうございました。