学校の様子

学校の様子

お知らせ 今日から2月・昨年の今頃は②?

 月1日(土)早いもので【行く月】1月が終わり、今日から【逃げる月】2月が始まりました。
*さくら連絡網でもお知らせしましたが、2月の部活動終了時刻及び完全下校時刻は下記のとおりです。ご家庭において安全な下校にご指導・ご協力をよろしくお願いいたします。
【2月】
・部活動終了時刻 17:30
・完全下校時刻   17:45

 ところで、12/1の「昨年の今頃は?」に続き、新校舎増設の進捗状況を振り返ってみます。現在、3年生は、立派な3号棟(新校舎)で進路実現を目標に日々努力、有意義な学校生活を送っています。
*3年生の卒業【第78回卒業式:3/11(火)】まで残り38日、登校日も25日となりました。
【有終の美を飾る】1日1日を大切に生活してほしいと思います。

昨年の今頃)立式式にて力強く発表した「立志の言葉」を廊下に掲示しました。
あれから1年、現3年生は学校生活でしか味わえない感動に出会いながら心身ともに成長しています。

旧2年1組

2組

3組

4組

5組

6組

7組

8組

9組




3年生286名
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令和5年度)

   学校行事、保護者会等の際の駐車スペースも限られてしまいます。引き続き、車での送迎の際もご不便をおかけすることと
 なりますが、ご理解とご協力をよろしくお願いします。大型クレーンによる鉄筋の設置(2月2日撮影)

大型クレーンによる作業です。
  
鉄筋の運搬

慎重な作業が続きます。

NEW 卒業に向けて

 1月29日(水)、3年生が3/11(火)の第78回卒業式に向け、昨年度の卒業式動画を視聴しました。
*体育館での本格的な練習(座席、礼法、卒業証書授与の動き等)は、31日(金)から始まります。また、廊下には級友への心温まるメッセージ、学校への想いなど卒業カレンダーが掲示されています。
*3年生の卒業【第78回卒業式:3/11(火)】まで残り40日、登校日も27日となりました。
【有終の美を飾る】1日1日を大切に生活してほしいと思います。
 
 


卒業証書授与の様子です。
    
一日一日を大切に・・・
   

     

    


有終の美を飾ります。

NEW 熱戦、県協会長杯バレーボール大会

 1月26日(日)、県北体育館にて第37回県バレーボール協会長杯争奪中学校バレーボール大会が行われました。
宇河大会を勝ち進んだ女子チームは横断幕「心をひとつにつかめ栄光」の下、チームワーク・はつらつとしたプレーで予選リーグの初戦に臨みました。
*セットカウント1-1の好勝負となり、勝負の行方は第3セットへ。持ち前のサーブレシーブ、コンビネーションからのアタック攻撃で互角の勝負を繰り広げましたが、あと一歩のところでゲームセット、惜敗しました。
*「GO ALL OUT」(全力尽くして)、かっこいいプレー連発!
 試合終了後には両チームの奮闘を拍手で称えました。試合には負けましたが、「チーム清原」一丸となって、パワー全開、日頃の練習の成果を発揮することができました。
 この悔しさをバネに、この冬にしっかり鍛え直して、夏の総体に臨んでほしいと思います。
 保護者の皆さまにはお忙しい中、生徒の送迎や応援等にご協力いただきましてありがとうございました。

試合開始
    
 
    

    

    

       

     
応援が力になります。
   

   
  
      

     
監督のアドバイスが力になります。

好勝負!

スパイク炸裂!

得点ゲット!

NEW 立志式記念撮影を行いました。

 1月24日(金)、2年生が21日(火)の立志式を記念して光の庭にて記念撮影を行いました。
各自、座右の銘を自筆で書いた色紙を手にしての撮影です。
 14歳を迎える皆さんがこの色紙に込められた文字の自覚を持ち、将来への大きな希望を持って、たくましく成長することを願っています。 

1組

2組

3組

4組

5組

6組

7組

8組

*放課後は、おやつカフェを実施しました。
 


学級委員長の皆さん、ご苦労様でした。

花丸 熱戦、百人一首大会

 1月24日(金)、本校の伝統行事である1年生百人一首大会が行われました。
その目的は
・日本文化を代表する「百人一首」に親しみ,昔の文字や日本人の心を学ぶ。
・級友と競い合って覚えながら,学級の親睦を深める。
・本校の伝統行事として,友達と協力し合い積極的に行事に参加する態度を養う。
 また,今,宇都宮市内の小中学校では総合的な学習の時間に「宇都宮学」を学んでいます。その一環として,宇都宮にゆかりの深い百人一首に親しむことは大変意義のあることだと思います。

開会式です。
  
実行委員長の話
 
  
  
読みに集中、いざ真剣勝負!
 
 


クラス対抗!
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 


優勝するのはどのクラスか? 

(一口メモ)宇都宮と百人一首
 百人一首は、藤原定家(ふじわらさだいえ)が、息子為家(ためいえ)の妻の父、宇都宮頼綱(うつのみやよりつな 平安末期~鎌倉前期 宇都宮氏5代当主)法名:蓮生(れんしょう)の懇望によって染筆した小倉色紙(小倉山荘色紙和歌)がはじまりです。後に、為家によって百人一首が成書となり、それが数多くの能書家による写本として現代に伝わってきたといわれています。
 頼綱の妻は北条時政の娘。たまたま時政の陰謀に加担したと三代将軍源実朝(さねとも)より嫌疑を受け、やむをえず出家して謝罪し、法名を蓮生入道と号し、京都小倉山の北側に中院山荘という住居を構えました。
 和歌が好きだった連生は、藤原定家と懇意になり、やがて、娘は定家の息子為家に嫁ぐほどでした。
 当時、神社・仏閣・貴族の邸宅などの襖や障子に色紙を貼ることが行われており、特に定家のような当代一の大歌人であり選者の書いた色紙ならば別邸の誉れとなると蓮生は思い、襖の色紙を定家に懇望しました。高齢の定家は中風を患いながらもこれを承諾し、古来からの歌各一首、天智天皇より家隆(いえたか)、雅経(まさつね)に及ぶ秀歌百首を選んで送りました。
 これが後に、さらに手を加えて百人一首として伝わるようになりました。つまり、和歌を愛した蓮生の懇望がなければ、百人一首は誕生しなかったのです。というわけで百人一首は宇都宮と非常に縁が深いのです。