光琳寺

 

   応永32年(1425年)松が峰に建立されたが、その後、伊賀町に移ったが、焼失。慶長10年に六道に再建された。戊辰戦争の戦火によって本堂等が焼失し、昭和4年に再建された。

 

   菊地愛山による「地獄絵」や「釈迦ねはん図」などが納められている。

 

   墓碑には、戊辰戦争で戦死した因州藩士(鳥取)と京都山国隊士(農民兵)の名前が記されている。