※本サイト上の文書・画像・写真等の各ファイルの無断使用・転載・引用は禁じます。
文字
背景
行間
※本サイト上の文書・画像・写真等の各ファイルの無断使用・転載・引用は禁じます。
2026年7月の記事一覧
【1年生】大きなかぶ(国語)
夏休み前の国語の「大きなかぶ」の学習で、みんなで音読劇を行いました。
「うんとこしょ、どっこいしょ!」と教室中に響き渡る元気な声で、人物や動物になりきって演じていました。
動作や掛け声を工夫しながら、友達と力を合わせて意欲的に取り組む姿がとても印象的でした。かぶが抜けた瞬間には、みんなから大きな笑顔があふれていました。
友達と心を一つにして表現する楽しさをしっかりと味わえた時間となりました。
ぜひご家庭でも、どんな役を演じたのかお子さんに話を聞いてみてくださいね。
【6年生】着衣泳 7月15日
7月15日(木)
最後の水泳授業で着衣泳を行いました。
屋外で起きている水の事故の8割は,着衣状態で起きているそうです。
衣服を着たままで水に落ちたらどうするのかを体験的に学んでおくことで,万が一水難事故に遭遇したときの対処の仕方を学ぶとともに,安全に対する意識を深めることを目的として授業を行いました。
子ども達は,入水する前は「水着とそんなに変わらないんじゃない?」と言っていましたが,
衣服を着たままで泳いでみると,思うとおりに体が動かなかったり,疲れがいつも以上にあったりすることが分かったようです。
今回は,
・お腹を上にして,背浮き→浮く物がなくても衣服に空気を入れることによって浮くことができる。
・ペットボトルを使ったラッコ浮き(お腹を上にして,ペットボトルにつかまって浮く)→物につかまって浮くことにより呼吸ができる。
をして救助を待つ体験をしました。
今回の体験を通して,どうすれば自分の命を守れるか考えることができました。
【6年生】調理実習 7月2・3日
6年生になってから初めての調理実習をしました。
火を使っての調理実習で,野菜炒めを作りました。
昨年度と比べると包丁の扱いもとても上手になっていて,準備・片付けも手際よく行っていました。
できた野菜炒めを食べて「自分で作ったからかな?とてもおいしい。」「野菜苦手だけど,これなら食べられる。」
と言っておいしそうに食べていました。
ご家庭でも,お子様が作った野菜炒めをご賞味ください。
【全学年】夏休み前朝会の校長講話「81年前、宇都宮大空襲があり、600人を超える人が亡くなりました。」
7月17日(金)の夏休み前の朝会で、81年前の「宇都宮大空襲」の話をしました。81回目の8月6日広島・8月9日長崎の原爆の日、8月15日の終戦を迎えるにあたり、子供たちと保護者の皆様が一緒に「平和の尊さ」「命の大切さ」を考えてもらう機会となればと思います。
ピースうつのみや紙芝居動画「火の海になった宇都宮」
宇都宮市平和啓発リーフレット
とちぎふるさと学習 とちぎ炎の記憶「宇都宮空襲」
「宇都宮空襲の記憶 未来へつなぐ」平和啓発動画
戦争体験者による「語り部・語り継ぎ講演会」の動画
八幡山特殊地下壕のバーチャルツアー
(校長講話)
1年前に、下野新聞から「宇都宮大空襲」の見出しで新聞が配られました。大空襲から81年がたち、戦争の悲惨さを今に伝えるために特別に発行されたものです。そして今年の7月12日(日)には、清原南小学校に保管してある81年前の「学校日誌」の記事が下野新聞に取り上げられました。「学校日誌」とは、学校がつけている日記のようなものです。81年前の清原南小学校では、空襲警報というサイレンが度々鳴り響き、授業を止めて安全な場所へ避難した様子が記されています。
81年前の「宇都宮」で何があったのでしょう?
81年前、日本はアメリカと戦争をしていました。81年前の1945年(昭和20年)7月12日の深夜から13日にかけてのおよそ2時間、115機のB29爆撃機が宇都宮に飛来して1万を超える「焼夷弾」という爆弾を落としました。600人を超える人が亡くなり、9000件を超える家が焼け落ちて、宇都宮駅から東武宇都宮駅までの大部分が焼け野原となりました。
(ここで、宇都宮市在住の小林新子さんの空襲体験記をもとにして作られた絵本「宇都宮大空襲 一少女の記録 小板橋 武 文・絵」の読み聞かせを行う。)
この空からの写真は飛行場を写したものです。左側に写っているのが鬼怒川です。今から81年前、清原中学校や作新学院大学から清原工業団地にかけて、「宇都宮陸軍飛行場」と言う飛行場がありました。宇都宮市は当時「軍隊の都」と呼ばれるほど、飛行場や軍需工場が多い町でした。だから、早い時期から空襲の標的になっており、みんなが住んでいる清原地区(当時は清原村)は、度々、アメリカ軍の空襲(機銃掃射)があったそうです。今でも、栃木県農業大学校(宇都宮市上籠谷町)の敷地には、日本軍の飛行機をアメリカ軍の空襲から守るために作った「掩体壕(えんたいごう)」という建物が保存されています。
皆さんに質問です。「宇都宮大空襲」の時に生まれた赤ちゃんは今何歳になっているでしょう?そう81才になります。その時、小学生・中学生だった人は90才~95才くらいになります。81年前に「宇都宮市大空襲」で焼け野原となった宇都宮市は、写真にあるように50万人を超える中核市へと復興を遂げました。焼け焦げた「大イチョウ」は、青々とした葉を茂らせ宇都宮市復興のシンボルとなっています。これも、戦禍を乗り越えた先人の方々のお陰であることを忘れてはいけません。
これから41日間の夏休みが始まります。夏休みの間に、戦後81回目の「原爆の日」や「終戦記念日」を迎えます。宇都宮市では、7月12日を「宇都宮市 平和の日」、7月12日から8月15日までの期間を「宇都宮市 平和月間」に定め、戦争の悲惨さや平和の大切さをみんなに伝えています。81年前にこんなに悲しく・つらい経験をしたはずなのに、「二度と起こさない」と約束したはずなのに、今も、世界ではいくつもの場所で、いくつもの戦争が起きています。「戦争」を他人事ではなく、自分の事として考えることが必要です。
【6年生】宮っ子伝統文化体験教室「黄ぶな絵付け」
7月7日(火)
ふくべ洞の方々をお招きして,黄ぶなの絵付け体験を行いました。講師の方々から宇都宮の郷土玩具である「黄ぶな」について詳しく教えていただきました。楽しみながら「ふな」の張り子へ,順番に色を塗っていました。かわいい黄ぶなが完成して,満足気な子どもたちでした。宇都宮の伝統文化に触れるよい機会になりました。ご家庭でも黄ぶなを飾り,無病息災をお祈りいただけたらと思います。
【5年生】はじめての調理実習!
今年から家庭科の学習が始まった5年生。
調理実習では
・ほうれん草のおひたし
・ゆでいも
・ゆで野菜サラダ
の3種類に取り組みました。
道具の使い方や調理の手順に気を付けながら,友だちと協力して作ることができました。
食べ終わった時の,「おいしかった!」の笑顔がとても素敵でした。
後片付けも忘れずばっちりでした!
学校だより7月号 ~創立150周年記念式典~
6月24日(水) 創立150周年記念式典 ~誉れ高く栄えあれ~
学校だより7月号.pdf
【全学年】ふれあい集会 ~ジェスチャーゲーム~
7月15日(水)の業間に、ふれあい集会を実施しました。縦割り班の指名された学年のメンバーが、計画委員さんが提示する「お題(おじさん・ワニ等)」をジェスチャーで表します。縦割り班で協力していくつ「お題」を当てることができたでしょうか?みんなで仲良く、楽しい時間を過ごすことができました。
宇都宮空襲から81年 惨禍記録した学校日誌、市内3校に現存(清原南小学校)
昨年度は太平洋戦争終結から80年の節目の年であり、今年は81年目を迎えます。7月712日から13日にかけての深夜、宇都宮では大空襲がありました。宇都宮市大空襲では、115機のB29爆撃機により12000発を超える焼夷弾が落とされ、宇都宮市の中心地が一晩で焼け野原となりました。そして、620人を超える多くの人々が亡くなりました。
本校には、太平洋戦争時の学校日誌(昭和16年~20年)が保管されています。これには、真珠湾攻撃や終戦、空襲警報等に係る内容の記載が見られ、戦時中の大変貴重な資料となります。今回、戦時中の「学校日誌」が残っている市内3校のうちの1校として、本校が7月12日の下野新聞に取り上げられました。
【全学年】七夕給食
今日は七夕。それにちなんだ給食献立です。校庭では、梅雨の終わりにアジサイの花がきれいに咲いています。子供たちの「ぼく・わたしの夢」について、2階放送室前(職員室横)の廊下に掲示してありますので、来校の際はぜひご覧ください。子供たちの夢がかないますように・・・。